すずとことりと 

~読んで、歌って、ときどきマルシェ~

ゴールデンエイジ

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この春、おっくんが4年生になった。

 

小学4年生、ゴールデンエイジ。

神経系の発達が急成長して一気に完成に近づく

一生の中でも最も運動神経が発達する時期。

自分が思ったように体を動かせるようになる。

目で見た動きを自分の体ですぐに再現でき

スポーツや楽器演奏などの動作技術を短時間で

習得できるようになる。

 

元々はサッカー指導のスポーツ科学から生まれた言葉だそうだけど

わたしはおっくんが年中の時、小学校の先生をしているお母さんから

聞いて知ったのだった。

 

「早生まれの子も4年生になったら成長が追い付くんですよ。

ゴールデンエイジって言われています。

今までできなかったことが急にできるようになるんです。

それまで気長に見てあげて。」

 

経験も指導力も愛情も充分に身に付けたいい先生なんだろうな。

と思わせるいつも晴れ晴れと明るいそのお母さんの

落ち着いた口調からでた

“ゴールデンエイジ”という輝かしい呼び名と

“成長が追い付く” “できなかったことができるようになる” という言葉が

わたしの胸に響いた。

 

「遠い・・・。ものすごく、遠い・・・。

けど、5年後に、変わるんだな・・・。」

 

子育て経験はぜんぶはじめて一回きりの一人っ子母であるわたしにとって

その言葉がおっくんとわたしの未来を示す道標みたいに、心に残った。

 

そのお母さんがそんな話をするほど

おっくんは3月生まれでクラスの中でもとびきり幼かった。

 

走っては転び、なわとびには跳ぶどころか縄にからまり

ダンスは振付けとぜんぜん別もののたどたどしさ。

それでも本人は出来てるつもりの

やったった感ありありのドヤ顔。

おチビのあっけらかんとした鈍くささにこみあげてくる可笑しさと

これを呑気に笑ってたらアホな親やって思われるんちゃうやろか。

という親としての自信のなさからくる不安に

オモロイけど切ない。悲しいけど可笑しい。

かなしオモロイ気持ちをジンジンと味わっていた。

 

幼稚園の体操教室のつきそいで。運動室の隅で。

あの時間。

 

ほんとうに、つい昨日のことのようだ。

 

パラレルワールドのこちらからあちらへ一コマ。

瞬間移動できそうなくらいの近さにあの時の自分がいる。

 

現在から過去を振り返ると、それは一瞬なのに

あの時のわたしからすると未来、

おっくんがゴールデンエイジになるという

たった5年先のことすら、

想像する意欲を放棄するほどあまりにも遠かった。

遠いどころか、子育ての世界のありとあらゆることが

何から何まで未知の世界で、イメージのしようがなくて、

未来はまっ白。まっ白。つまり「無」だった。

 

40歳でわが子が誕生して眼前に出現した新世界を

子に導かれるようにして冒険の旅に挑むことになった。

 

現実社会の荒波を避けて書店を住処に

書棚に向き合う瞑想修行がほぼメインの

薄暗い小さな自分だけの世界での暮らしから

お天道様に晒される場所へ。

絶え間なく押し寄せる大波にもまれる日常へ。

 

子育てが始まってから

わたしはわざと未来をシャットアウトしたのかもしれない。

「今」を生きているおっくんと一緒に「今」に没入して

子どもの時間を生き直したかったから。

おっくんと一緒ならそれが出来るから。

 

自分の子ども時代に悔いが多くて、

大人になってもずっと救いを求め探していたような

つまり救われない人だったわたしに

やって来た救世主おっくんはしかし

悩みの種が自分自身の存在であるというチンケな母が

正真正銘カスでしかないと証明してくれるほどに

圧倒的存在感でこの世に現れた。

 

勢いよく成長しつづけるおっくんにとって

毎日があたらしい。

「今」があたらしい。過去も未来もなく

「今」、笑って跳ねて転がって怒って泣いて走って眠っている

なにをしていても全開でそこにいる、おっくん。

そしてそのお友だちたち。

生命力のオーラがキラキラしていて

わたしはいつも非常に胸を打たれていた。

老齢の子育てで体力的に常にボロボロ状態でありながら

子どもたちの存在は太陽のようで

強力にあたたかく眩しく輝いていてどんなに疲れていても

感動がわたしの心に入ってきた。

それを一言で表すと

尊い」だろうか。

 

尊い!!!」

 

圧倒的な有難さを存在で表現している

おっくんとその仲間たちが

自分の目の前に居る!

その有難さが強烈で

おっくんの幼稚園時代。わたしはその「今」以外に

自分を逃がすことがもったいなくてできなかったのだと思う。

 

ひとりの男の子が成長する。

その時間を一緒に体験したかった。

 

どう考えても

人に誇れるような育て方は出来なかったけれど

わたしなりに大事に考えてきたのは

「楽しもう」

ということだった。

 

全開全身全力で楽しさを味わえる子ども時代だから。

「子どもの時は、楽しかったなあ!」

心から満腹して思い出せることがたくさんあればあるほど

それが、辛いことを乗り越える力になるんじゃないか。

そう思うから。

 

公園、川、山、水族館

恐竜、ウルトラマン、虫、戦国時代・・・

 

おっくんが興味を持つことがあったら

母もすかさず先手を打ち、そして共にフィールドを

開拓していく。

 

おっくんが駆けていく先はほとんど母にとって未知の分野。

自分だけでは全然ひっかからない通り過ぎてしまうフィールドなのに

しかし、そこに踏み込むとなんだか気になる扉が見つかる。

開けばそこにまた新しい出会いがあり

母は母なりの楽しみを見つけてしまう。

 

おっくんに導かれて行く先々から世界がひろがって

バンバン扉がひらいて、

今ではわたしがそこで自分を生かすために一生懸命頑張れる場が

いくつも出来ているのだ。

 

「初めてのこと」をたくさんたくさん一緒に経験して

泣いたり笑ったり感情を思う存分揺り動かして

ぶつけ合って味わってきた時間。

わたしも生きる力をもらって育てられた。

 

昨日のように近いあの日と今日の間に

幼稚園から小学校と、おっくんと一緒に重ねてきた「今」がある。

時間には重みも実体もないから、過去はすぐ手が届きそうなほど

近く感じるけど、たぶんその時間そのものが今わたしの血になって

身体を巡っている。

 

おっくんの方はなんとこの5年間で50センチ背が伸びていた。

幼稚園の時ずっとクラスで一番小さかったけど今は普通。

クラスで真ん中くらい。

なわとびもダンスも、まあ普通に出来るようになっている。

ゴールデンエイジの予言通り。

 

そしてこの年代は運動能力にみならず精神面でも

自立に向けて大きく成長するのだそう。

 

重なっていたおっくんとわたしの世界がそれぞれの軌道にのって

少しづつ離れ始める。

 

おっくん惑星はママ惑星の影響下にあるように見えて

実はママの存在よりもずっとずっと大きな

天然自然宇宙の摂理に則してあるがままに成長してる。

 

今までみたいな調子で一緒に冒険。が楽しめるのも

あと僅か。

4年生のいちねんは他の誰よりもわたしにとって

ものすごく貴重で大事な毎日になるのだ。

「楽しかったなあ!」

いつまでもずっと忘れないでいられる

お腹いっぱいに満ち足りた幸福感を

共有できる日をたくさんにしたい。

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