すずとことりと 

~読んで、歌って、ときどきマルシェ~

混沌の3月。そして、盛り沢山な4月へ。

3月。ものすごい詰め込み方だったです。。。
まず、宇宙元旦といわれていた3月20日の春分の翌日に声楽の発表会があったので
練習練習また練習。曲に向き合い、体のコンディションに向き合い、
集中を高めたい!という意欲をキープしつつ日常を過ごす。


毎回もれなく宿題がついてくる仕事にせっせと通いながら、
絵本ちゃんと虹の絵本やさんのトークショーを聞きにいったり、
「おとなの絵本プロジェクト大阪☆読み聞かせナイト@感動のツギハギ荘」
では写真を撮るお手伝いで参加させてもらったり、子どもの誕生日を祝ったり、
子どもが熱だしたり、
図書ボランティアのお便り作成したり、PTA広報誌の印刷をしたり、
お彼岸に集まってもらったり、
カイロプラティック施術してもらったり、久しぶりの友だちとごはんを食べたり、
4月9日の「ジャズと絵本と古民家ナイト」の打ち合わせしたり。

そうだ。楽しいことで埋まってたのだ。2016年の3月を織りなしていたのは
幸せな時間。熱出した子どもを看病してまったり密着して過ごしたのだって貴重な時間だった。リアル充実、と誇っていいくらい。だけど気持ちは明るいばかりでもなく。

いっぱいいっぱいの混沌のなにから手をつけていいやら常にパニックを背負っている気分だった。処理能力がショートしてるから目の前のことだけしか考えられない。締切というタイムリミットを備えたタスクが背後に乱立してる全貌を見渡す落ち着きも、処理していく計算を立てる賢さも、予め放棄している自分。己の性質の横着さが丸出し件。人生の成功を阻害しているのはこの横着さと甘さと不器用さ。この投げやりなやり方が自分の闇の本質かもしれない。美しさというものを呑みこもうといつも口をあけてる。崖っぷちで強風にあおられて身動きが取れないでいると覆いが吹き飛ばされて現実が明らかになる。壊しているのは自分だという答えを冷ややかに受け取るしかない。

余裕がなくて連れている闇を隠したりしまったりもできないでいるのに、目の前に次々やってくるものは我慢してイヤイヤやってることなど一つもなかったのだった。全部やりたいからやってることなのだった。こうして振り返って並べた一個一個の出来事がそのどれもが、生きていることが嬉しい。と思わせてくれるような時間だった。出来事ひとつひとつに大好きな人たちがからんでいる。
もう真っ黒な横着不器用が悪さしないように。こいつがどれだけ悪いかやっと、やっと、気づくことができた。

目の前にやってくる光が明るくてあたたかくて喜びを照らしてくれた3月が終わる。

発表会で「4月」「4月」と連呼する歌を歌った。その4月がやってくる。

4月もすでに盛り沢山な予感。

明日はさっそくロングドライブにでる。

そして来週末は、椥辻で「ジャズと絵本と古民家ナイト」。