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すずとことりと 

~21世紀の出張絵本屋さん。読んで、歌って、ときどきマルシェ~

京都精華大学「こどもガーデン」~ふしぎな国旗をつくろう!

つれづれ

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母校、京都精華大学

こどもガーデン」という小学生対象・一般参加の公開講座をやってます。

息子と参加してきました。もう5回目。

今日は「ふしぎな国旗をつくろう!」ということで

旗作り。

始めにみんなで学内のふしぎな通路を通って

ふしぎな森に行って、旗の柄に使うふしぎな木の枝を取りにいきました。

(っていうか学校の奥につながってる山に落ちてる木の枝を拾ってきたってことです)

そして教室に戻ったら

シーツ2枚分はあろうかという大きな大きな真っ白な布が出てきて

それを好きな形に切り取ります。

ここでもう、子どもたち集中力マックス状態。

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毎回、本当にふしぎなんだけど!

この制作に入っていくときのスムーズさが!

「さあ、つくるぞ!」みたいな合図とか気合とかなんもなく

どっちかというとテンションオフな感じで。

ゆるゆるで、ふつうで、緊張感ゼロ。

でもそこはすでに制作する場で制作時間。

子どもたち黙々と手を動かしていて止まって考え込んでる子がいない。

作り始めから「完成形、見えてますから!」という顔で取り組んでる。

全然迷いがない。

そして、絶対口だしたらダメ!と心に誓って必死で抑えてるけど

どうしてもどうしても我慢できなくてつい

「その色ばっかりじゃなくて、ほかの色も使ってみたらどうかな?」

とか出しゃばってしまう。

すると息子は「いや、これで良い!」ときっぱりしているのだった。

その固い意志にわが子ながら敬服しつつ・・・。しかし、それにしたって

なんやねーん?!そのクリアなビジョンは?!なんでやねーん?!

って思うのである。

毎回のことなのだが。

どの子もこの子も全員がそれぞれ、ほんとに違うものを作る。

横の子を見て真似をすることがないのだ。

個性とそれぞれのアイディアにいちいち感心して

爽やかな感動に満たされる。

それにしても、それにしても、うーん。

なんだろう。このあっさりとしながらも密度の濃い場作り。

信太先生の手腕?

信太先生。

精華で軽音で一緒だったんだけど。

井上信太先生ってアーティストとしてハードコアなんです。

(ハードコアって本物とか、ぶれない芯が強力&超太い&超固い とか

そういう意味で言ってます)

それは間違いなくて、社会的にも認められてて大活躍中なんです。

もしかして・・・。

子どもガーデンで子どもたちの手を通して生まれてくる作品。

子どもたちの心に生まれる創造力。

それら全部含めての時間と空間がもしかして信太先生の作品なのかもよ。

って、思うふしがある。

それは捉え方次第なことだけど。

なんだろう?なんだろう?なんなのかしら?って毎回思うのだ。

なんなのか、わからないけど、なんか、気付かせないふりをして、

さりげなさ過ぎて気付かないレベルで、

密かにとっても素晴らしい時間だった。っぽい・・・気がする。

今日の旗づくりでよかったのは、「木の枝」なんじゃないかな?

信太先生が「木の枝」を使ったところが鍵なんだと思う。

「木の枝」がそれぞれの子どもたちに作るべき旗のビジョンを導いたんだと思う。

たぶん。

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で、おっくんは、こんな風に、ちょっと怖い感じの人になってた。

「精華大学」について、もう少し。

精華卒っていうと、4年の美大って思ってもらってしまうことが度々あるのですが

実は昔には短大部の英文科というのがあってわたしはそっちです。

美術を勉強したこともなければ、英文科だったのに英語すらほとんど

勉強しないまま、精華の記憶といえば「学祭」と「軽音」。

でも、19、20の2年間の精華ってものすごーく濃かった。

強く焼きついてしまった出来事が沢山あって

いまだに精華の学内に流れてる独特の時空に身を置くと

胸の奥がせつなーくなる。

今日、精華の奥の山に木の枝を拾いに行ったとき

山部分には「サルがでます」の注意看板がやたらと掛けてあった。

敷地と木立の際にロープとかも張ってあって立入禁止とか。

そんなことしてあると、別になんということもないただの山なんだけど

そこにおサルたちが暮らしてます。って見えないおサルの存在感を

感じてしまう。

この境界の向こうは、おサルたちの聖域、なんだわ。

みたいな。

この向こうは人が立ち入れない神秘的なもののけ姫の世界なんだわ。

とか。

昔はおサルがいるとか言われてなかったけれども。

でも山に囲まれていて、山自体全体的に生き物的な感じがあった。

山に囲まれてるっていうか、守られてる的な感じで。

大学の敷地が今よりずっとずっと小さかったし。

生きものの気配のする深い深い山に包まれるように存在していた大学内で

青春時代を生きている、あの顔見知りの人たちがいたのだった。

精華の独特の時空。

それは周りを囲むあの山から発生してるんじゃないかな。

そういえばあの頃の自由とか長閑さとか、

真っ直ぐさ、やんちゃ具合っていうものは

ちょっとおサルぽいと言えなくないか。

そんな風に言えばあの頃の人たちがまた可愛く思えて

胸がせつなくなるなー。