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すずとことりと 

~21世紀の出張絵本屋さん。読んで、歌って、ときどきマルシェ~

「ビロードのうさぎ」

絵本

絵本の物語というものは「たとえ話」なのだそう。

だから、絵本を読んで心を動かされたなら、真実は心の中にある。

眠っていた記憶が蘇る。かつてあったことを再び感じている。それは、自分の物語。

「ビロードのうさぎ」

マージェリィ・W・ビアンコ 原作  酒井駒子 絵/抄訳  (ブロンズ新社

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出典SimonaR

(出版物の画像が著作権法に差し障りがあるとしりましたのでうさぎさんのイメージ画像に差し替えました)

この絵本、この物語、印象に残るのは優しいベージュ色の愛らしいビロードうさぎと黒いカーテン。

黒いカーテンなんてこのお話には出てこないけれど、タイトルの「ビロード」という言葉をひきずってなのか、

何か、柔らかくて厚い布で覆われている、それとも、そういう布でできたカーテンの向こう側、そういう、

今ここ普段の場所からは見えない世界の物語なのだ、というイメージ。

黒い線で縁どられていたり、うさぎが濃い影に浮かびあがっていたりして、

ほんとうに黒で囲まれている絵が多いけれど、影が濃いのは光が明るいせい、というか、

出来事のひとつひとつは感触まで想像できるほど鮮やかに描かれている。

クリスマスのくつ下に入っているうさぎの可愛さ、

寝る前の時間にふとんで「うさぎのあな」を作ってもぐったり、

すばらしい夏に森であそぶ子ども。

連想が連れてくる記憶。布のぬいぐるみの中の綿で張りつめた胸やその軽さ。

あのふとんの模様や毛布の色とあたたかさと安心感。

木の下にしゃがんでコケを集めて、

その時履いていたのは造花のついたゴムぞうり。

むかしの出来事をもう一度体験している。

黒いカーテンの覆いをめくるとそこに鮮やかな景色がよみがえる。

それは夢を見るのに似ている。

叶わなかった夢があって、それも普段は忘れている。

あの時、ああしていたらどんなにか幸せだったかなあ。

あの時、ああしていたらどんなことになっていたかなあ。

そして、もう、ありもしなかった顛末までしつこく空想したりする。

「失った」ということを悲しむ心が痛みを和らげようとして空想をつむぐのか。。

ビロードうさぎは子ども部屋の妖精によって 「ほんもの」のうさぎになる。

ぼうやはビロードうさぎを忘れていなかった。そして「ほんもの」になったうさぎに再会するけれど。

夢を忘れていなければ、それは「願い」になって、やがて「ほんもの」になる。

子ども部屋の妖精、そんなようなものの力で。