すずとことりと 

~読んで、歌って、ときどきマルシェ~

2月10日「小鳥のさえずり音楽会」

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「親子でまったり癒しカフェ」
七条大宮のカフェなごみさんで毎月一回開催されているこのイベント。
小さいお子さん連れのお母さんが気兼ねなくリラックスできる場を、ということで生まれたこの可愛らしいスペース。中古絵本&アーユルベーダ石鹸販売でときどき「すずとことりと」も参加させていただいています。そしてこの日は、輝かしい一周年記念スペシャル企画でビオラ奏者の優子さんと「小鳥のさえずり音楽会」をしたのです。
わたしにとってこの日の「小鳥のさえずり音楽会」のひとときが、それは途方もなく、とてつもなく、いまだに信じられない奇跡のような幸せさで、この幸せを自分で受け入れるのにおよそ2週間以上もの時間を要してやっと投稿しようかな、という運びになったくらいの衝撃的な出来事だったということ、誰もご存じないでしょうけれど、やっぱりわたしにとってこの出来事は、天地が引っくり返るような出来事、奇跡の体験そのものだったのです。
ほんとうに、普通に考えて、わたしのようなアマチュア中のアマチュアのものが、プロのクラシックビオラ奏者で大活躍されている優子さんとご一緒に演奏させていただけるって、ありえない。音楽能力の差がありすぎる。「差がありすぎる」それはわたしが音楽を始めてからずっと直面していた現実です。
でもこの日の出来事は、そういう観念からも自由になれるよというメッセージだったのじゃないかと思うのです。
ひとつの曲に取り組む時、わたしの先生とわたしとの差は月とすっぽんほどの明らかさ、マリア・カラスのCDを聞けば、マリア・カラスとわたしとの差は麗峰モンブランと砂利。世紀の才能と努力と運命によって生まれた人類の宝と努力すらしないボンクラ凡人の「差」。最高峰の神々しい存在に魂まで感電するほど打たれ感動する。決して手の届かない憧れに向かって微力を尽くすことが喜びだと思っていました。
存在感の格差。天と地。神と人間。優子さんに出会うまでわたしはわたしの信念によって自分を二極の片方に、重苦しくどんくさい枠に囲い込んでいたのかも知れなかったのです。

でも、どんくさくても二極に偏らず自分位置を真ん中にして中庸に居ればいいのかな。という新しい視点。


奇しくも選んでいた曲のひとつが「Ave Maria」天使がマリアに受胎告知する場面が歌われています。そして秋の優子さんのコンサートでピアニストのマキさんがお話されたことが思い出されました。
「マリアは神の子をを宿したけれども、選ばれたのはマリアが特別な存在だからではない。マリアがごく普通の女性だったからこそ神の子の母に選ばれた。誰もがマリアである。神の子の母になることを受け入れたマリアに祝福があった」そんな話。
「小鳥のさえずり音楽会」までに、優子さんと練習させてもらったり、栗東のStillroomで夢のようなリハーサルをさせてもらったり。神さまが「あんたこんなん好きなんでしょ?」みたいに次から次へギフトを送ってきてそれが好きの極みのポイントをグッサグサ刺してくるので幸せすぎてビビりまくって硬直してました。幸せが怖いんです。わたし。
「小鳥のさえずり音楽会」も、まさしく神さまからのギフト、その一コマ。そしてこの時は、まったりカフェでスタッフのちえさんとなっちゃんがわたしが安心できるように力強くサポートしてくれていて、目の前に、若いママさんたちと可愛い子さんたちがキラキラ輝いて音楽と絵本の読み聞かせを聴いてくれてました。赤ちゃんたちのことは怖くないわたし。そしてママさん。
ママと赤ちゃんのペアにはどうしても自分と赤ん坊だった頃の息子の姿がダブるのです。ものすごく幸せで、ものすごく寂しくて、ものすごく楽しくて、ものすごく怖くて、ものすごく弱くなって、ものすごく強くなった、ママになりたての自分と、小さかった息子。あの時の自分を思い出すと、とにかく寄り添いたいって思うのです。いつも子どもたちにものすごく救われているわたしはこの時もママと可愛い子さんたちのお蔭でド緊張から救われたのでした。
慈愛があふれてとまらない優子さんが神の使いの如くにわたしに手を差し伸べてくださったお蔭で世界の見え方が変わった来たこと。ほんとうに嬉しいし、人生って面白い、と思う。
ご縁を繋いでくれる不思議な空間親子でまったり癒しカフェ。次回は4月に出店させていただく予定です。

妊娠はyesのサイン

「妊娠」はわたしにとっては「yes」のサインだった。

 ジョンとヨーコが出会った時のことみたいに。

 

 ジョン・レノンが立ち寄ったギャラリーに展示されていたのが

 オノ・ヨーコの作品で

 それは 脚立と、その上の天井からぶら下がっている虫めがね。

 ジョンが脚立に登って虫めがねで天井を見てみると

 真っ白な天井に小さな文字で「yes」と

 書いてあった。

 

   ジョンにとってそれは

  天使とか女神とかからのメッセージみたいなもの

 だったのじゃなかな。

 孤独から救われる、差しのべられた手みたいな。

  

 それと同じだった。

 妊娠検査のスティックに線が浮き出たのを見た時。

 全世界が 全宇宙が

 わたしに

 「yes」

 を示した。

 

 妊娠したのは39歳。それまで、わたしという人間は

 「負」にまみれまくっていた。

 その「負」は目には見えないけれどとにかくあかん、

 あかん感じでずうっと生きてきたのだ。

 

 その「負」が、その瞬間に、「正」に

 反転した。

 

 物質的には何も変わらない。

 わたしはトイレから出てきてスティックを手にもって

 ぼーっとしていた。

 それだけのこと。

 

 でもわたしは その時、 全世界 全宇宙から

 「yes」と 存在を許され、 認められ、 受け入れらた

 のを感じたのだ。

 

 全世界と全宇宙がひっくり返った。

 わたしは生きていていいし、あかんくなくなった。

 

 それはべつに神の仕業とかでもなく

 息子がわたしのお腹を選んでくれた。

 ということだった。

 

 息子の魂がわたしのことを認めてくれて

 そして 全世界と 全宇宙と つなげてくれた。

 

 

 ほんとうに、よくも、まあ、わたしのような人間を

 母に選んでくれたものだと、息子の魂のチャレンジ性に

 感謝する。

 

 わたしは息子が生まれてくれたことで本当に存在全部が

 救われた。。。

 

 じゃあ、わたしは・・・? どうだったのかな?

 って、きのうの自分の誕生日に考えたのだ。

 

 おじいちゃんがわたしが生まれた時のことをこう話していた。

 

 「生まれたー!言うし病院へ見に行ったら ちっさいややこが

  寝てよって 生まれたてで まだ 目も見えへんのに

  その目をぱちーと開いてぎょろぎょろ動かして

  わしのことを 見よった」

 

 ホラーチックな証言を聞いて、わたしはちょっと涙がでた。

  だよねー。と思った。

 わたしはおじいちゃんに会いたくてこの世に生まれてきたから。

   おじいちゃんが早速来てくれて、見ようとしたんだろうね。

 

 この人に会いたくて生まれてきたんやな。と思う人が何人か 

 いるけど、おじいちゃんのこともそうだったから。

 

 おじいちゃんも、生まれてきた新生児のわたしのその目で

 なにか感じるものがあったのかもしれない。

 

 今年は、わたしの周りの若くて綺麗で賢いほんとうに

 素晴らしい人たちが次々に妊娠している。

 

 神々しいように美しいその姿を見ると

 もう有難くて泣けてくるのだが。

 

 環境や政治やいろいろと、不安がいっぱいの地球に

 生まれようとやってくる魂たちがいる。

 それもまた わたしにとっては

 「yes」のサインなのだ。

 

 素敵な母子が生まれる。

 その未来が暗いはずはない。

  

     

「赤ちゃんと話そう!生まれる前からの子育て」

 池川明/著 (学陽書房

これは自分が読んで感動で嗚咽号泣して

それからは妊娠した人に送りまくっている

大大大好きな本です。

胎内記憶を調査してまとめてありますが

胎児の人たちの話が可愛すぎる!

それでこれって妊娠出産本というジャンルで

表紙こんなふうでタイトルも「子育て」だけど

人間全員もとは胎児だったんだから

全人類が読めばいいのに。と思ってます。

ちょっとでも興味がある人は妊娠出産関係なく

読んでみてください。

 

 

 

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~11月と12月のスケジュール~

FaceBookに「すずとことりと」のページを作ったら
思った以上にたくさんの「いいね!」とつけていただいて
感動しています。感謝♡

来月と再来月も地道に活動していきます。

* * * 11月の予定 * * *

”すずとことりと” 出店「中古絵本とアーユルヴェーダ石鹸の販売」
11月11日(金)10:30 ~ 14:00
「親子でまったり いやしカフェ」@ キッチンなごみ(大宮七条)

10月に初めて参加した「親子でまったり いやしカフェ」
和みの空間にゆるゆると集まってほぐれていく、
あったかい時間でした。
小さい子とお母さんたちに読み聞かせ聞いてもらうのは至福。

しかし、この日私が最も強く感じ、得たものは、提供する側の熱さ。
出店者それぞれの芯が強い。願いが強い。
この場で自分が人に何を提供できるのかが明確。
提供するものについての姿勢が真剣なこと。

場の土台がどっしりしているから
訪れる人たちが安心して過ごせる。

ウチの息子が乳幼児だった頃にこんな場所があったら!
どんなに嬉しかっただろう!

ホントにそう思いました。

親子じゃなくて大人ひとりでふらりと立ち寄ってもらっても
全く大丈夫です。

ちょっとの時間で日頃のお疲れが癒せる場所です。
自分に休憩させてあげようかな。と思ったら
ぜひ遊びに来てくださいね。


前回の様子をここでレポートいたします。

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”キッチンNAGOMI”さんの入り口。
七条通り北側に面しています。梅小路公園の向かい側です。
京都駅から歩いて15分くらいでしょうか?

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耳ツボジュエリー☆4粒500円。わたしはツボ探しで押してもらった目のツボが
飛び上るほど痛かった(効いた)。
ジュエリー貼ってもらったら直後体がポカポカに。
手足のオイルトリートメントやヘッドセラピーも10分500円です。
マッサージ用ベッドに横たわってしてもらえるんです。
その間、乳幼児さんはスタッフがお相手するので機嫌よく遊んでてもらえます。
わたしが乳幼児育児中にこれやってもらいたかった!
もらいたかった!もらいたかったー!!!と叫びまわりたいのは
このマッサージです。
何しろ24時間密着生活。心は幸せでも肉体は疲労の極致でしたから!

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読み聞かせはこんな感じでした。
お食事しながら出入り自由でのんびりゆったり楽しんでいただければ幸せです。


*会場では読み聞かせとともに
「すずとことりと」の状態良好おすすめこだわり中古絵本と
インドの癒しパワー「アーユルヴェーダ石鹸」を販売します。

ほかにも「うみわたれ」さんの手相ケア や 
「アクセサリーわーくしょっぷ」など有り。
お食事は「琥と竜」さんのヘルシーなランチと天然酵母パンです。

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* * * 12月の予定 * * * 

やましな絵本好き工房主催

「山科 大人絵本の夕べ~絵本de忘年会~」


12月3日(土)19:00~ 21:30
場所:ミュージックサロンYOSHIKAWA
(地下鉄東西線 椥辻駅より徒歩2分)
会費:2500円(2drink、食事付き)
持ち物:お好きな絵本を1冊ご持参ください。 

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 トリ&カナの絵本セラピストコンビが結成した やましな絵本好き工房 

いよいよ1周年を迎えます。華やかに~絵本で~乾杯しましょ~♪
参加のご希望は上のチラシのメールアドレスにお願いいたします!

ブログリニューアル!「すずとことりと」は21世紀の絵本屋さん☆

 

「絵本」は元来「子ども」のためにあるもの。

「絵本」はいつも「子ども」のそばにある。

「絵本」を考えることは「子ども」を考えること。

 

目の前の子どもを見る。 近くから。 そして 俯瞰して。

 

環境の中に子どもたちがいる。20世紀とは違う環境に。

 

テクノロジーとインターネットの時代に生まれた子どもたちが
生きる環境はこれまで以上に加速して変化すると予測されている。

 

うちの息子おっくん(小3)も 21世紀生まれ。

 

片手で3DS。もう片手では泥まみれで虫を追いかける。
部屋の隅に小物をいっぱい並べて秘密基地作りに熱中もすれば
YOUTUBEで思いのまま興味を掘り下げてもいる。

 

デジタルも自然も同じように子どもの世界の中にあって
それが何であれ手にしたもので遊び倒す姿を見ると逞しく感じたりする。

 

子どもたちはこれから現れる未知のテクノロジーに対しても
古くから受け継がれてきたものに対しても
今ここにあるものとして等しく受け取り、選び取り、適応し
生きていく術として身に付けていくことだろう。


「絵本」はこれからの世界に残るのか。

 

「テクノロジー」がさらにさらに進化するなら
その対極的な存在の「絵本」の価値も高まっていくのでは。
と思う。

 

片方がどんどん伸びていくのなら、対極も重さを増さなければ
バランスがとれないのだから。

 

「絵本」は 人生を生きる力を育む。大人からの愛情を伝える。
絵本を通じて体験できる生身の感覚が力になる。

 

そのための道具として生み出され、しっかりとその役割をはたして
多くの作品が何十年も読み継がれている。

 

大人のひざの上で、声を感じて、守られている安心感いっぱいのまま
主人公になりきり、スリルや達成感を味わい、あらゆる世界を疑似体験できる。

 

そんな絵本体験はその後の人生の宝になる。

 

けれど、ほんとうにおはなしの世界にどっぷりと入り込む時間を
絵本を通して親と子が共有できるのは幼少期までの短い間。

成長してひとりで物語に入ることができるようになるまで。

 

「すずとことりと」は 生きる力となる絵本がより多く、たくさんの
親子さんたちの元に届くことを願い、出会いの場を
提供したいと思っています。

 

ということで、今後より21世紀的スタイルを目指し
インターネット活用による試みを順次進めていく計画を
スタートいたします。

 

 

 

 

夏のおわりの水

夏休みはおしまい。
息子の学校が始まって、わたしも区切りがついた気分。

脳内で夏の思いでムービーを流して振り返る。
暑い熱い青空の下で大汗かいたなぁ。
仕事仕事で、頭も結構使ったなぁ。

きのう、息子の友だちママにプールに連れて行ってもらった。
そこのファミリーが通っているホテルのプールに。


ホテルのプール最高。

3時半に車に乗せてもらって着いて着替えて5時まで泳いで
ホテルのお風呂に入ってソフトクリーム食べて7時に帰宅。

無駄がない。


サクッと日常にホテルのプールが埋め込まれてる感じが
クールでたまらないのだった。


贅沢な時間のディテールを思い返してうっとりする。

昼間の太陽であたたまった水にひたって体をのばして浮かぶ。

 

水面ギリギリからの視界。
強い風で細かく高く立つ波。
プールの向こうは湖でその向こうに山々が連なり。
空は澄んだ夕暮れピンクに重たいグレーの雲。


閉まる前のプールは空いてる。
オリンピックのイメージを再現するべく全力でクロール。
息の苦しさ!
水の中で、歌うときと同じ感覚になる。
歌ってるときは泳いでる時と同じくらい息が苦しいのだ。

仰向けに浮かんでると楽。
自分の呼吸の音を聞きながら。


息子と遊ぶ。
楽しさの興奮と
水の中にいる不安で
甘い気分になって
小さい時みたいにぎゅうっと
抱き付いてくるのだった。

キャンプとか合宿とか単独参加して
わたしが知らない息子の時間が
この夏沢山あった。

合宿で毎日プールに入ってたらしいから
水着の着替えるのもこなれててお兄ちゃんの顔。

 

水に入ったら甘えん坊。

 

いったりきたりの小3の夏。

 


水から出ると息子が「さむい~~~~!」と言う。


今度はホテルの大浴場で熱いお湯にひたる。
ガラス張り。空と湖と山々の絶景。

 

たっぷりの水にひたひたにひたって潤った。
そんな夏の終わり方。

 

(おまけ)
スマホでネットの「万象学宿命診断」ていうのをやったら
わたしは「水」の要素がゼロだったのだ。
(この占いで「水」って「学習本能」なんですって・・・)
そういう人は疲れたとき
「水」のエネルギーを補充するといいらしい。

http://www.fan.hi-ho.ne.jp/abeshi/banshou/readme.html
(URLリンクしときます。ページの一番下から
生年月日入力画面に行くので興味があればお試しを!)

 

(&追伸)
この記事8月に途中まで書いて下書きに残ったままだったのです。
リニューアル記念にアップしました。

 



 




 

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和知 はるいろ さくらまつり出店記

4月2日土曜日、京丹波町和知野草の森の「はるいろマルシェ」に

出店してきました。

愛車のウサコちゃんに荷物を積んで子どもを乗せていざ、

お店を開きに道を走る時、

「自由!」っていう感じがします。

車を運転できる人になれて良かった。と思う。

「出店」するのはホントに楽しいです。

そしてそれには運転が不可欠でした。(扱うものが重くてかさばるから)。

「よし、車に乗ろう!」と勇気を出したのが始まり。

これまでの数々の挑戦の中で最も命がけだったのがこの「運転」です。

今も体をはってます。

長年のペーパーをやめて運転を始めてから3年目。

スピードが恐ろしくて高速なんて縦貫道なんて走れない。

ていうか正気を保つには時速45キロ以上はムリなのですが、

自分にとって超快適な安全速度で走っていると

後方に大渋滞が発生してしまうので

ムリッムリに気合で脳をアップデートして流れに乗る努力で

慎重に気を引き締めて9号線をまっすぐ、まっすぐ。

峠を越えて、亀岡を抜けて、途中から27号線に変わって、

そして目の前に広がった明るい景色。

由良川エリアに入って現れた広々した空と穏やかな山々の姿から、

ハンドルを握りしめ前方に固定した視線を少しずらすだけで死ぬ

思いがするほど怖い究極のストレス下にある心に

癒しの風が送られてきました。

和知。 

緊迫した長時間空間移動の末にたどり着いたところは、

車を降りるとそこに、つくしがにょきにょき生えていて、

足元は若草色のじゅうたんで、

ぽかぽかの日差しにあらゆる春の花が笑っていて

うぐいすが歌っている

穏やかで優しい日本昔話そのままの里山なのでした。

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会場の「わち野草の森」のすぐ横に 

お菓子工房の「菓歩菓歩(かぽかぽ)」さんがありました。 

わたしにとっては食材配達「よつ葉連絡会」のカタログでお馴染みの。

オーガニックな素材で作られた

しっかり美味しいタルトやケーキはここから来てた。

じーん。と感動。

「菓歩菓歩」さんの建物はイメージ通り。

いやイメージ以上にシンプルで美しかったです。

存在感がありました。

町から離れた場所での営業や生活にあるであろう苦労を厭わない、

大草原の小さな家の母さんのような立ち姿。

写真でしか見たことがないけれどアーミッシュの家も連想しました。

揺るぎない信念と周囲の自然に呼応して生きている愛らしさの

両方を感じる佇まいでした。

見渡すと建物の入り口に置かれた迫力の花の生け方とか、

スタッフの人が来てる法被とかがとても素敵でした。

実(じつ)がしっかり満ちていて揺るぎない体(てい)。

背景と実体が矛盾なく一体になってる気持ちよさがあって、

すくすくと美しい。

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「絵本ちゃん」も同じ京丹波。近い。

で、はるいろマルシェで絵本ライブされてました。納得。

「絵本ちゃん」には昨年の夏に訪れていて、

「絵本ちゃん」含む、旧質美小学校の素敵さ、可愛さに圧倒されたのですが、

その時は緑の山の奥深くに突然現れた奇跡の物件、としか思えなかった。

「絵本ちゃん」の可愛さは、京丹波で浮いたものではなかったのです。

丹波の方々の美的な精神の強さが心に響きました。

はるいろさくらまつりの内容をひとつひとつ見てみても、センスが素敵。

「毒野草ツアー」「苔玉ワークショップ」

「森の展示室」「空想時間Ⅲ」「移動動物園」「絵本ライブ」

「わああ~。いいところに来てしまった~。」

 

息子はお餅つきをお手伝いさせてもらい、つきたてのヨモギもちを

3個食べ、苔玉をつくり、絵本ちゃんの読み聞かせを聞き、

残りの時間はほとんど移動動物園でウサギと戯れていました。

「めだか古書店」さんで金子みすずの詩集を買いました。

「あじき堂」さんの手打ちそばが超絶美味しかったです。

お隣のブースは「あさって農園工房」さんでした。ほぼ自給自足の生活とのこと。

 

こども達の年頃がうちと近くて

知らぬ間に一緒に遊びだして山を探検したそうです。

なんかパズーとシータが夫婦になったらこんな家庭なのかな。みたいな。

いや、違うかもしれませんが!わたしにはそう思えた。
飼っている蜜蜂のはなしが興味深すぎてちょっと興奮。

はちみつを頂きました。

 

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野山の味がします。
 

この場所に集まる引力?
来て下さるお客さま方もそれぞれキラキラと魅力的で
幸運な廻り合せに感謝。感謝。

帰る時「また来年会いましょう」と言ってもらった言葉が
とても優しく響きました。
「また来年」

 

来年と言わず、また夏に訪れるつもりです。
由良川のアユを食べるのです。絵本ちゃんにも寄れるし。
運転もちょっとだけ慣れたし。

 

混沌の3月。そして、盛り沢山な4月へ。

3月。ものすごい詰め込み方だったです。。。
まず、宇宙元旦といわれていた3月20日の春分の翌日に声楽の発表会があったので
練習練習また練習。曲に向き合い、体のコンディションに向き合い、
集中を高めたい!という意欲をキープしつつ日常を過ごす。


毎回もれなく宿題がついてくる仕事にせっせと通いながら、
絵本ちゃんと虹の絵本やさんのトークショーを聞きにいったり、
「おとなの絵本プロジェクト大阪☆読み聞かせナイト@感動のツギハギ荘」
では写真を撮るお手伝いで参加させてもらったり、子どもの誕生日を祝ったり、
子どもが熱だしたり、
図書ボランティアのお便り作成したり、PTA広報誌の印刷をしたり、
お彼岸に集まってもらったり、
カイロプラティック施術してもらったり、久しぶりの友だちとごはんを食べたり、
4月9日の「ジャズと絵本と古民家ナイト」の打ち合わせしたり。

そうだ。楽しいことで埋まってたのだ。2016年の3月を織りなしていたのは
幸せな時間。熱出した子どもを看病してまったり密着して過ごしたのだって貴重な時間だった。リアル充実、と誇っていいくらい。だけど気持ちは明るいばかりでもなく。

いっぱいいっぱいの混沌のなにから手をつけていいやら常にパニックを背負っている気分だった。処理能力がショートしてるから目の前のことだけしか考えられない。締切というタイムリミットを備えたタスクが背後に乱立してる全貌を見渡す落ち着きも、処理していく計算を立てる賢さも、予め放棄している自分。己の性質の横着さが丸出し件。人生の成功を阻害しているのはこの横着さと甘さと不器用さ。この投げやりなやり方が自分の闇の本質かもしれない。美しさというものを呑みこもうといつも口をあけてる。崖っぷちで強風にあおられて身動きが取れないでいると覆いが吹き飛ばされて現実が明らかになる。壊しているのは自分だという答えを冷ややかに受け取るしかない。

余裕がなくて連れている闇を隠したりしまったりもできないでいるのに、目の前に次々やってくるものは我慢してイヤイヤやってることなど一つもなかったのだった。全部やりたいからやってることなのだった。こうして振り返って並べた一個一個の出来事がそのどれもが、生きていることが嬉しい。と思わせてくれるような時間だった。出来事ひとつひとつに大好きな人たちがからんでいる。
もう真っ黒な横着不器用が悪さしないように。こいつがどれだけ悪いかやっと、やっと、気づくことができた。

目の前にやってくる光が明るくてあたたかくて喜びを照らしてくれた3月が終わる。

発表会で「4月」「4月」と連呼する歌を歌った。その4月がやってくる。

4月もすでに盛り沢山な予感。

明日はさっそくロングドライブにでる。

そして来週末は、椥辻で「ジャズと絵本と古民家ナイト」。