すずとことりと 

~読んで、歌って、ときどきマルシェ~

夏のイベントのお知らせ

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なんと!「えほん屋さん すずとことりと」が
四条河原町 マルイに進出です。

マチマチ書店さんの週替わりコラボ企画に参加!
7月25日(土)から7月31日(月)まで
「えほん屋さん すずとことりと」の中古絵本が
マルイの2階の一角に並びます~

26日(水)と27日(木)はお店番しているので
会いに来てください(^^)

読み聞かせステージもあります!
7月29日(土)と7月30日(日)
13時から と 15時から
こどももおとなも楽しめる絵本を読みます~
聞きに来てくださいね!

「ひと箱古本市 in 京創社」出店したハナシ

マルシェなどで不定期に中古絵本販売で出店したりしていますが

「ひと箱古本市」は初めてでした

 

お誘いの声をかけてもらって 「おもしろそう!」と申し込んだら

定員ギリギリのところで出店できたのです

 

主催のNさんがくれるメッセージがとても丁寧で

「ひと箱古本市イベントの一日」に向かって

準備しているその過程そのものをすでに本人が

楽しむことを使命としてかなり精魂をつぎ込んでいる様子が

最初から熱量充満感100%。&親切。

 

開催までの仕事の段取りはすでにクリアにツメられていて

「さあ、みんなで見えてる階段を駆け上がって行こうよ!」

と言われてるみたいな。

間口の広い懐は準備オッケーで両手を広げて待ってもらってる。。。

この熱量に対応できるクオリティとテンション、あったけ?

自分を省みた一瞬。

「ある!ある! 

本でこんなに遊ぼうって思ってる人たちがいるって

それだけでテンションあがる!」

もりもりわくわく情熱に火が灯り

イベント告知用の出店者紹介の元となる

アンケートに文章を埋めているうちに

出店者としての自分の意図や希望がかたちになって

心はかたまり、さらにこのイベントへの期待が高まり。

出したアンケートは速攻で「出店者紹介」として

ステキにまとめられて返ってきました。

 

この日限りでつけた屋号「偶然じゃない書店」

出店者の一員として

リストにちゃっかりおさまってました(喜)

出店したのは全部で13?

屋号からして個性があふれていて

出会いの予感!予感!予感!

そしてこの「ひと箱古本市」テーマが「出遭い」!

 

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旅行用スーツケースに本を詰め込んで

地下鉄四条烏丸駅からゴロゴロ転がしていきました。

場所は仏光寺の南。

露地の奥の古い町屋?というか工場だったのかな?

リノベーションされた木造の大きな気持ちいい建物。

 

この「ひと箱古本市」の趣旨は

「本を通して人とつながる」

 

“自分で読んで面白いと感じた本を持ち込み

屋号をつけて販売し

来場者と、また出店者同士が本を介して交流する“ 

 

「本」を主役に置いて、

集まった本好きでコミュニケーションを楽しむ

お祭りな一日。

そのための“本屋さんごっこ”的なシチュエーション

 

つまり「本であそんじゃおう!」ってこと?

 

「本であそぶ」準備は万端で

「ひと箱古本市」のほか、名作の謎解きイベントや

アロマテラピストさんによる本とアロマのコラボ、

ビブリオバトルなどなど体験型イベントがぎゅうぎゅう

企画されていていました。

 

来場者いっぱい!

いっぱいだけど あらゆる年代の人たちが 

ゆったりした感じで マイペースにしてるのが良かったです。

 

で、わたしが何より遊んでるなぁ~~~!と思ったのは

 

“コーヒー”

 

会場の一角にキッチンがあって、そこに

カリタの綺麗な形の

ガラスのドリッパーとポットと

口が長くて細いピカピカのやかん。

それとコンパクトでありながら重厚な印象の

コーヒーミル。

それから、いかにも美味しそうっぽいコーヒー豆が

2種類それぞれビンの容器で置いてあって

 

100円お払いしてセルフでそこでコーヒー淹れる方式。

 

先にやってた人の淹れ方見てたら

わたしがスタンダードと信じてきたコーヒーの淹れ方と違う

ちょっとづつ、ちょっとづつお湯足す方式。

 

「沸騰したてのお湯だと雑味がでます」

「一気にたくさんお湯淹れると雑味が出ます」

 

へえ~。へえ~。って言いながら

自分の番になって、

美しいコーヒーセットの前で緊張してたら

彦根“I Beans”っていうカフェのお兄さんがきて

指導してくれた。

ていうかほぼやってもらったんだけど。

 

なんか、

コーヒー一杯淹れるだけなんだけど

一生懸命真剣にやってると

「楽しい~~~!」っていう気持ちがふつふつ湧いて

小学生みたいに真剣に遊んでる気分だった。

 

そのコーヒーまわりにいたお兄さんたち、

ていうかメンズ。

今どきのね。今はもうこの人たちの時代なのですね。

おっくんのそう遠くもない未来の姿がちょっと重なって

わたしから見たら「息子よ!」の感じあり。

 

そのメンズがね、

目の前のことを丁寧にやって味わってるところ。

あらゆる人が困らないように事前にきっちり配慮を

行き届かせての場づくり。

「中身濃いことやろう!」みたいな野心を

リラックスと軽やかさでもって実現してしまうの

すごいなあ!と思った。

 

「文化の成熟」を感じた。

 

「本」のまわりでこういう小さい動きがあって

人々が楽しんでる仲間に入ってすごく楽しかった。

「ムーブメント」っていう言葉の響きに

わたしはとてもわくわくする。

自発的な。楽しさを発端として生まれる動き。

 

「ひと箱古本市」の良さは

そこにある本をきっかけにして

いろんな人と しゃべる楽しさ。

自分が読んで面白いと感じた本を並べてるから
来てくれる人とはすでに感性で一致してる部分があって

安心感があるのです。

それからお店の人のおススメ本を格安でゲットできるお得感。

 

「季節に一度開催する」とのことなので
興味ある方はぜひ次回、参加してみてください!

kyososha.jp

”まったり癒しカフェ” で絵本「くもくん / いとう ひろし」

 七条大宮の「キッチンNagomi」さんで
月一回開催されていた
「親子でまったり癒しカフェ」にて

「くもくん」を読みました。

くもくん (いとうひろしの本)

くもくん (いとうひろしの本)

 

 

先週の金曜日。
前日まで雨が続いて寒かったのに
急に季節が、春を飛ばして初夏が来たみたいに
爽やかな青空。お出かけ日和。
はいはいの赤ちゃんも半袖のTシャツ。
「きのうは長袖だったんだけど~(*^_^*)」とママ。

古い町屋の2階は南側に窓。
フローリングの広間にたっぷり日差しが入って明るい。
面している七条通りは
道幅広いのに交通量も多くなく
昔ながらの下町の懐かしさが漂っていて
のんびりした のどかな空気。

親子で好きな時間に上がって
アロママッサージやオーラソーマの癒しケアを受けたり
手芸のワークショップや音楽会もするし
この時は布ナプキンの講座もあった。
絵本を眺めたり
1階のカフェからランチを運んでもらって食べたり
気兼ねなく小さい子を連れてこれて
家にいるみたいに、まったりくつろげるサロン。

その昼下がりに 
絵本「くもくん」.

 

自分で選んで持ってきといてなんだけど
あまりにも
ぴったりでした。


冬の間は忘れていた 
半袖Tシャツの涼しさとか 
吹き抜ける風の気持ち良さが再びやってきた 
お天気の日に 一冊の絵本で
青い空にぽっかり浮かぶ白い雲を眺める気持ちを
思い出す。


どんなかたちにもなれる こどものくもくんは
無邪気に へんしんして あそぶ。
それから おおきな おおきな うまになって
大空を 駆ける。


くもくんが 上空で 
大気をはらんで かたちをかえて 
気流にのって  空に浮かんでいるとき

わたしたちも 絵本を通して みんなで一緒に 
青空をたっぷり呼吸して
雲の国にいた。

 

赤ちゃんも大人も みんながじぃっと
わたしが掲げている「くもくん」の絵本に
見入っているのを感じていたから
ページをめくりながら わたしも
青い空と 雲と 風を 味わった。

絵本の読み聞かせは
その場のシチュエーションもコミだわね~!っと
よく思うけど

まったり癒しカフェで「くもくん」を読んだ
あの日あの時あの場所の
皆さんと共有したピースフルネスって
格別だった。

あの時が、とっても気持ちいい季節の始まりだった。
わたしの今年の夏は
「くもくん」で もう始まった。

*   *   *   *   *

大好きなこのイベント。しばらくお休みになります。

キッチンNagomi さんは 
1階のカフェは、日替わり出店というユニークなスタイル。
「まったり癒しカフェ」ではいつも金曜日出店の
「琥と竜(ことりゅう)」さんのランチをいただいていました。
自家製天然酵母パンをはじめとして凝り性オーナーさんのセンスと技が
凝縮した食べると充実感120%のクセになる味。
梅小路公園京都水族館にお出かけのときには是非お立ち寄りされることを
おすすめいたします!

 

「戦国時代展」@京都文化博物館 からの 忍者ビュッフェランチ

春休み最後の日は「戦国時代展」でした

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戦国時代にはまった きっかけは

図書室の歴史漫画

同じくクラスで歴史漫画にはまった 

歴男 歴女 数人と

歴史談義で盛り上がり(地味やなぁ・・・)

仲間ができたことで ますます 熱くなった様子

 

母、すかさず 

テレビ下のおっくん本コーナーに歴史本を次々投入

おっくん読みふける → 歴史について語り出す

 

タイミングよく大河ドラマは「真田丸
家族で夢中になりました


ママおっくんで 

大阪城ツアー や 

真田丸の歴史を訪ねて天王寺めぐり


そんな3年生のしめくくり。4年生スタートの記念に
ママおっくんでは 物足りなかろうと 今回
歴男仲間をお誘いしてのツアーとなりました

お兄ちゃんや弟くんも入ってボーイズ5人組

あばれるくんたちと電車、博物館、、、


絶対守るべき最低条件ルールを前もって考えて
伝えるタイミング、
集中ポイントと息抜き発散ポイント
腹の空き具合、
ダレずに適度に好奇心を満たしながら移動できる
最適ルート、、、
あらゆる懸念事項を考慮して綿密に計画を立てました

 

母渾身のお膳立てで仕込んだツアーなり

 

*     *     *

開館と同時に入場した「戦国時代展」

すぐに入場の列ができて、かなりの人気でした

結構、すごいお宝が並んでて ビックリ
(全然価値は知らなくて言ってるんだけれども)

 

大河ドラマと マンガで 
にわか仕込みの絶賛戦国ミーハー中のわたしが
心の中で「きゃ~~~~♡」と叫んだのは

まず真田のお父さん(真田昌幸)の軍配

「日月文」☆ ☆ ☆

シブ~~~~~っ♡♡♡
かぁっっこいい~~~~~っ♡♡♡
お父さんがお館さまから賜った「法螺貝」も
ありましたよ♡
もう、ここで萌え萌え♡で胸いっぱい

あと、真田家の六文銭の旗とか・・・

上杉謙信が書いたお手紙とか(古文書という?)
武田晴信が書いたお手紙とか・・・
織田信長が書いたお手紙とか・・・

うわ~ほんんもの?直筆?って
心の中で大騒ぎですよ


で、圧倒的に来てよかった~!と思ったのは

上杉謙信コーナー】

守り本尊だという 「毘沙門天像」!!!
(マジで?!ホンモノ? よく分かってないのですけど
ほんとにホンモノだったんですかね?!
有難すぎるっって思って思わず手を合わせましたが
誰も来ないから  独り占めですごいじっくり
拝見してしまいました)

それとその隣にあった
「春日杯」という漆の杯
お酒の好きな謙信が 毎夜 これで呑んでました
みたいなことが書いてあったんだけど・・・

すごいお宝やん!!!(鼻息)

(この興奮、東村アキ子先生の「雪花の虎」から
来てるの自覚してますけど・・・
大河ドラマとマンガの世界の物語と
歴史と目の前のお宝の実物が
自分の中でリンクして壮大なファンタジーが
織りなされる感覚が~~~
この展覧会、ほんとう楽しかった)

*     *     *

という感じで母も相当楽しむことができまして

それでも見失ってはならん!と眼光するどく
背後から監視はおこたらなかったつもりですが
ほかのママやパパも付いててくれてるっていうのは
安心感絶大

複数家族でお出かけって
あんまりなかったんですが(スカウト活動以外)
親も子も 補い合えて気力にスペースできて 
いいものですね

思い切ってお誘いしてよかった・・・

来てもらえて本当によかった・・・

 

ボーイズが印象に残ったと言っていたのは
「刀」
だったそうです

顔を寄せ合って ひそひそ話しながら
興味あるものは熱心に
そうでないものはスルー
正直にメリハリある鑑賞の仕方が
クールでした

心配したほどには  
まわりにご迷惑をおかけすることもなく鑑賞もでき
グッズ売り場も堪能し

常設展の京の町の歴史デジタル映像も
賢くこなしていました

 

その後、姉小路を歩いて本能寺へ

 

無料で鎧兜を貸してくれる
コスプレコーナーがあったりして
みんなで代わる代わる写真撮った後は
境内で飛んだり跳ねたりしてもらって発散!

満開の桜の下で持参の柏餅を一こづつ食べて
(和菓子ならジュース欲しくならへんやろ、という計算)

花祭りの誕生仏を拝んで甘茶をかけて

いざ、昼食は

「BUFFET DINING NINJA 忍宴乱舞」へ

www.ninja-kyoto.co.jp

むかし「美松会館」て映画館だった建物です
(ここでい~っぱい映画を見てる世代です)

人気みたいで3日前に予約の電話を入れると
ビュッフェスタート2回目1時半からの回に
ギリギリセーフで8人分の席が取れました
(ボーイズ+保護者)

働いてる人は忍者・・・
くのいちお姉さんが巻物を広げて
ビュッフェの掟を「~~~でござる」風に
読み上げてくれるのですが
小4はそこではテンションあがらず・・・

お食事で盛り上がってました
お寿司、ラーメン、うどん、パスタ、お好み焼き、
たこ焼き、カツサンド・・・
「炭水化物!!!」
大人の心には微妙な戦慄が走りましたが・・・
(サラダもあるんだけど、子どもとらないし)

あと、ソフトクリームの機械もあって
いろんな種類のケーキと、和菓子も

 

そんなに周りを気にしなくても
お友だち同士でわいわい食事を楽しめたので
ちょうどよかったです

「歴男遠足」

ちょっとコツどころがわかったので
また行くかも~

 

 

 

 

子育てバイブルの絵本(1)「ぼく にげちゃうよ」

 

これ、元のブログで前に載せていた記事

「ぼく にげちゃうよ」 - すずとことりと

 

 

ぼくにげちゃうよ (海外秀作絵本)

ぼくにげちゃうよ (海外秀作絵本)

 

 

 

きのうの記事を書いたら紹介したくなりました

 

あらためて見て、やっぱり味わい深い絵本です

 

ぜひ手に取って中味見て欲しい~

 

興味ある方は、今週末のイベントに持っていくので
声かけてくださいね! 

 

ゴールデンエイジ

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この春、おっくんが4年生になった。

 

小学4年生、ゴールデンエイジ。

神経系の発達が急成長して一気に完成に近づく

一生の中でも最も運動神経が発達する時期。

自分が思ったように体を動かせるようになる。

目で見た動きを自分の体ですぐに再現でき

スポーツや楽器演奏などの動作技術を短時間で

習得できるようになる。

 

元々はサッカー指導のスポーツ科学から生まれた言葉だそうだけど

わたしはおっくんが年中の時、小学校の先生をしているお母さんから

聞いて知ったのだった。

 

「早生まれの子も4年生になったら成長が追い付くんですよ。

ゴールデンエイジって言われています。

今までできなかったことが急にできるようになるんです。

それまで気長に見てあげて。」

 

経験も指導力も愛情も充分に身に付けたいい先生なんだろうな。

と思わせるいつも晴れ晴れと明るいそのお母さんの

落ち着いた口調からでた

“ゴールデンエイジ”という輝かしい呼び名と

“成長が追い付く” “できなかったことができるようになる” という言葉が

わたしの胸に響いた。

 

「遠い・・・。ものすごく、遠い・・・。

けど、5年後に、変わるんだな・・・。」

 

子育て経験はぜんぶはじめて一回きりの一人っ子母であるわたしにとって

その言葉がおっくんとわたしの未来を示す道標みたいに、心に残った。

 

そのお母さんがそんな話をするほど

おっくんは3月生まれでクラスの中でもとびきり幼かった。

 

走っては転び、なわとびには跳ぶどころか縄にからまり

ダンスは振付けとぜんぜん別もののたどたどしさ。

それでも本人は出来てるつもりの

やったった感ありありのドヤ顔。

おチビのあっけらかんとした鈍くささにこみあげてくる可笑しさと

これを呑気に笑ってたらアホな親やって思われるんちゃうやろか。

という親としての自信のなさからくる不安に

オモロイけど切ない。悲しいけど可笑しい。

かなしオモロイ気持ちをジンジンと味わっていた。

 

幼稚園の体操教室のつきそいで。運動室の隅で。

あの時間。

 

ほんとうに、つい昨日のことのようだ。

 

パラレルワールドのこちらからあちらへ一コマ。

瞬間移動できそうなくらいの近さにあの時の自分がいる。

 

現在から過去を振り返ると、それは一瞬なのに

あの時のわたしからすると未来、

おっくんがゴールデンエイジになるという

たった5年先のことすら、

想像する意欲を放棄するほどあまりにも遠かった。

遠いどころか、子育ての世界のありとあらゆることが

何から何まで未知の世界で、イメージのしようがなくて、

未来はまっ白。まっ白。つまり「無」だった。

 

40歳でわが子が誕生して眼前に出現した新世界を

子に導かれるようにして冒険の旅に挑むことになった。

 

現実社会の荒波を避けて書店を住処に

書棚に向き合う瞑想修行がほぼメインの

薄暗い小さな自分だけの世界での暮らしから

お天道様に晒される場所へ。

絶え間なく押し寄せる大波にもまれる日常へ。

 

子育てが始まってから

わたしはわざと未来をシャットアウトしたのかもしれない。

「今」を生きているおっくんと一緒に「今」に没入して

子どもの時間を生き直したかったから。

おっくんと一緒ならそれが出来るから。

 

自分の子ども時代に悔いが多くて、

大人になってもずっと救いを求め探していたような

つまり救われない人だったわたしに

やって来た救世主おっくんはしかし

悩みの種が自分自身の存在であるというチンケな母が

正真正銘カスでしかないと証明してくれるほどに

圧倒的存在感でこの世に現れた。

 

勢いよく成長しつづけるおっくんにとって

毎日があたらしい。

「今」があたらしい。過去も未来もなく

「今」、笑って跳ねて転がって怒って泣いて走って眠っている

なにをしていても全開でそこにいる、おっくん。

そしてそのお友だちたち。

生命力のオーラがキラキラしていて

わたしはいつも非常に胸を打たれていた。

老齢の子育てで体力的に常にボロボロ状態でありながら

子どもたちの存在は太陽のようで

強力にあたたかく眩しく輝いていてどんなに疲れていても

感動がわたしの心に入ってきた。

それを一言で表すと

尊い」だろうか。

 

尊い!!!」

 

圧倒的な有難さを存在で表現している

おっくんとその仲間たちが

自分の目の前に居る!

その有難さが強烈で

おっくんの幼稚園時代。わたしはその「今」以外に

自分を逃がすことがもったいなくてできなかったのだと思う。

 

ひとりの男の子が成長する。

その時間を一緒に体験したかった。

 

どう考えても

人に誇れるような育て方は出来なかったけれど

わたしなりに大事に考えてきたのは

「楽しもう」

ということだった。

 

全開全身全力で楽しさを味わえる子ども時代だから。

「子どもの時は、楽しかったなあ!」

心から満腹して思い出せることがたくさんあればあるほど

それが、辛いことを乗り越える力になるんじゃないか。

そう思うから。

 

公園、川、山、水族館

恐竜、ウルトラマン、虫、戦国時代・・・

 

おっくんが興味を持つことがあったら

母もすかさず先手を打ち、そして共にフィールドを

開拓していく。

 

おっくんが駆けていく先はほとんど母にとって未知の分野。

自分だけでは全然ひっかからない通り過ぎてしまうフィールドなのに

しかし、そこに踏み込むとなんだか気になる扉が見つかる。

開けばそこにまた新しい出会いがあり

母は母なりの楽しみを見つけてしまう。

 

おっくんに導かれて行く先々から世界がひろがって

バンバン扉がひらいて、

今ではわたしがそこで自分を生かすために一生懸命頑張れる場が

いくつも出来ているのだ。

 

「初めてのこと」をたくさんたくさん一緒に経験して

泣いたり笑ったり感情を思う存分揺り動かして

ぶつけ合って味わってきた時間。

わたしも生きる力をもらって育てられた。

 

昨日のように近いあの日と今日の間に

幼稚園から小学校と、おっくんと一緒に重ねてきた「今」がある。

時間には重みも実体もないから、過去はすぐ手が届きそうなほど

近く感じるけど、たぶんその時間そのものが今わたしの血になって

身体を巡っている。

 

おっくんの方はなんとこの5年間で50センチ背が伸びていた。

幼稚園の時ずっとクラスで一番小さかったけど今は普通。

クラスで真ん中くらい。

なわとびもダンスも、まあ普通に出来るようになっている。

ゴールデンエイジの予言通り。

 

そしてこの年代は運動能力にみならず精神面でも

自立に向けて大きく成長するのだそう。

 

重なっていたおっくんとわたしの世界がそれぞれの軌道にのって

少しづつ離れ始める。

 

おっくん惑星はママ惑星の影響下にあるように見えて

実はママの存在よりもずっとずっと大きな

天然自然宇宙の摂理に則してあるがままに成長してる。

 

今までみたいな調子で一緒に冒険。が楽しめるのも

あと僅か。

4年生のいちねんは他の誰よりもわたしにとって

ものすごく貴重で大事な毎日になるのだ。

「楽しかったなあ!」

いつまでもずっと忘れないでいられる

お腹いっぱいに満ち足りた幸福感を

共有できる日をたくさんにしたい。

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「音楽教室発表会大人の部」は自由の国

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「出しきった感いっぱいで脱力気味の一週間」 

やっぱり今年も1年のピークを発表会に合わせて持ってきてしまった。 発表会が終わって感じる1サイクル完了させて全力出しきった節目感。終わった~!というこの感じ。

振り返ると前回の発表会からの一年間に、自分の「歌いたい」「歌って自分を試したい」という望みがいろんな場所で叶えられてきた奇跡がありました。

ミュージックサロンヨシカワさんでの朗読会で素晴らしいピアノの伴奏で歌わせてもらい、大人絵本の夕べでオーナーさんのギターに合わせて歌い聞かせしたり讃美歌を歌わせてもらったり、雪の日のStillRoomで夢のように素敵なシチュエーションで優子さんのビオラと歌い、それから、優子さんとの練習で声を合わせたモーツアルト、まったり癒しカフェで「ことりのさえずり音楽会」までさせてもらった。それから、PTAのコーラス交歓会と地域のコーラスの発表会。

こんなにたくさんの機会に恵まれたこと今までありませんでした。 歌を発表するという機会は沢山の方々の助けと支え、そして聴いてくださる方がなくては成立できなくて、だから実現したらそれはもう、「恵み」としか呼びようのないもので、自分一人では決してできないことなのです。「恵み」を受け取ることが出来て歌った時、その都度かならず、私が歌うことを許して場所を与えてくださった方、手を差し伸べて引き上げてくださった方、共に音楽を作ってくださった方、そして聴いてくださった方がいらっしゃいました。 あらためてこれらの事実を考えてみると、私に向けて寄せていただいた多くの方々の優しさに、感謝の思いが湧いてきます。受け入れられるなんて無理としか思えない実力なのに、毎回、場所は違っても、かならずふわりとやわらかくあたたかい空間で歌わせてもらってきた!しみじみ考えてなんだかこれを書いている今この時、幸せが満潮のようにわたしがいる空間中に満ちてきて有難さでいっぱいになっています。

動画を見ていただけば即お分かりいただけるように、こんなんなのに!?です。
全っ然、うまくないのに、ものすごく素晴らしい場と時の恵みに何度もめぐり合えたこと。それがどんなに自分にとって嬉しいのかを今これを書きながら味わっています。

そして同時にここにあるゴツンとしたもの。「練習」と言う名のこだわりのかたまりを見ています。

私の中にある「ヘタですいません!」と「練習できてない!」という2大罪悪感。 この二つがわたしをひっぱって恵みの場の幸せに影をさす状態があったこと。私に向けてもらった沢山のあたたかな厚意を素直にストレートに受け入れきれない状態をつくっていたこと。自分で練習をさぼり、自分で足をひっぱり、自分で自分を痛めている自作自演システム。その空しさをつくづく見ているところです。

意識は「発表会」を目指していてほかの時は体ができてなかった。心ではものすごく大切に大切に思っている場なのに、あわてて練習もしたけれど、コンディションと場を作るテンションを最低必要なところまで持ってくることができなかった。その反省もあります。

そして「発表会」は、たぶん10年以上続けているサイクルにはまって、プログラミングされたかのようにギリギリになってつじつまを合わせてくるパターンが発露していた。 直前の体調不良大爆発とウソのような回復劇があってその後、体幹がすーっと整って気が通って声の通る回路が開いた感じがやってきたのってもう本番のギリギリ前。

なんだか自分のそういうギリギリパターンがもう本当に、もう結構、という気持ちになったし、「練習なんだ!」「体なんだ!」ってこと。やっとリアルに腑に落ちた気がします。
ヘタなのはほんとうにもう分かった。ヘタだからと責めてくる来る人にも会わなかった。だから騒ぐヒマがあれば練習しようよ。と、つくづく思いました。

今のこのいい感じのコンディション。ここからスタートして始めたい。もう落ちたくない。3歩進んで2歩下がる、どころか2.9歩下がって0.1から始めるパターンはほんとにもう卒業したい。

 


「AveMaria/ Bach/Gounod」「Dondelieta/Puccini」

 「発表会のひみつ」

音楽教室発表会の大人の部。この類まれな味わいの時空。未体験の方には一度味わってご覧いただきたい。 わたしの所属する音楽教室では、声楽、ピアノ、フルート、バイオリン、チェロと先生がおられて大人の生徒さんもたくさん。年に一度ホールで発表会があり、入場無料・出入り自由で観ていただけます。 出る方にしたら、大人になってから、こんなに緊張して、追い詰められたような気持になれることって他にあるかなあ?!と言うほどの緊迫感。 生徒さんの中には「絶対に出ません!」と断固拒否される方も何名もおられるとのことで、出る、出ないは全く自由。

 そう、「自由」なのです!これが堪らない味わいを出しているのです。

出たい人だけが出て、見たい人だけが見に来ている。 入場料もないし、評価されるわけでも、点数つけられるわけでもない。 ただ緊張の面持ちで舞台に現れる大人が精いっぱい演奏しては去る。粛々と行われる演奏発表。それが素人なだけに、時に意図なしにアバンギャルドなまでに常識を超えた演奏があったりして、そのスリルとドラマに遭遇すると得した感が半端ない。とは毎回見に来てくれる友人の弁です。
演奏を飛び越えてむしろその人の背景、このステージで演奏するに至ったまでのドラマに想像を掻き立てられる。

わたしも毎年この場でご一緒する方に「なんでその楽器を始められたんですか?」とか「なんで出ようと思ったんですか?」とか思わず訪ねたくなる方がおられますが、でも実際ほかの方のことはよく知らないのです。

舞台の裏でも発表者同士の交流はないので。もともと全員個人レッスンで教室で顔を合わせることもない間柄な上に本番前の緊張でテンション張りつめていておしゃべりとかとてもできない雰囲気なのです。分刻みで練習室で伴奏合わせしてたり廊下でギリギリまで練習してたり、慌ただしいし。5番前には舞台袖で待機ですし、そこは沈黙キープ。神聖ともいえる空気が漂っている。

そして演奏以外はいっさい言葉を発することもなくステージを去っていく発表者。その徹底してドライな進行にも痺れる味があるとか。

ここでは、無事きれいに演奏が終わるよりむしろ、多少の破たん、とか、人物の存在感が強い方が観客に喜ばれる、あるいは何かしらの感銘が生まれやすい傾向があるのです。

自由で、ありのままが受け入れらる場所。

だからわたしは毎年この日をなによりも楽しみにして生きているのだと思います。

動画なんて見るとまあ!よくも、こんなことを!と、へたっぷりを晒している自分をみて二度と起き上がれなくなるようなショックと痛みを存分に味わいます。(けど、、、その段階もいいかげんクリアして練習段階で動画チェックしてクールに修正を重ねていく方向で今後はやっていきたいです。)

「こんな思いをするなら出なければよかったんだ。」

ほんとうにそうなのですが、「出る」「出ない」その完全に自分にまかされた自由な選択で「出る」を選んだ。その瞬間から始まった体験の幅と厚み。感情の起伏。ありとありとあらゆる出来事が派生した。 ヒリヒリしっぱなしのことばっかりなのに、それでも、「出る」方を選んで良かった。 幸せだった。まだまだやりたい。と思うのです。生きてる感じがする。生きててよかった。と思うのです。